広告業界がブラックになりやすい「地獄の数珠つなぎ」という働き方
「広告業界のデザイナー」はどんな働き方をしているのか。デザイナー兼YouTuberの玄田小鉄さんは「広告の仕事は、場所の奪い合い。このため『金曜に打ち合わせをして月曜に提出』というスケジュールでも断れない。華やかな仕事で自由に働いていると思われがちだが、現状を知ってほしい」という――。 【この記事の画像を見る】 ※本稿は、玄田小鉄『ブラック企業で生き抜く社畜を見守る本』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
■広告業界は華やかに見えて鬱だらけ
広告業界で働いていると、周囲の多くの人が鬱(うつ)になって辞めていきます。 僕が働いているデザイン事務所でも今まで5人ほど鬱になって辞めていきました。業界の知人のことも含めると10人以上は精神疾患になっています。 外から見ると、広告業界のデザイナーは華やかな仕事で自由に働いていると思われがちです。しかし、現場にいる人たちは日々苦しみ悩みながら働いています。その現状が世の中には知られていないなと思います。 華やかなイメージがあるからこそ、若い人は憧れてデザイナーを目指し、この業界に入ってきます。デザイナーの適性がある人は繊細で気配りのできる人がとても多いです。 その性質と広告業界のパワハラ体質がミスマッチしていて、働いて数カ月で何らかの疾患が発症します。 事務所の同僚は、ストレス性の蕁麻疹と喘息が出たり、対人恐怖症になり電話に出られなくなったり、躁鬱を発症し、会社に来られなくなった人たちもいます。
■幻想を持っている人に現状を伝えたい
幸い僕は働けないような状況にはなっていませんが、明日は我が身と思いながら、なるべくストレスを溜め込まないように心がけています。 近年は、働き方改革によって多少マシになってきていますが、それでも根底に悪しき慣習はいくつも残っています。その悪しき慣習を世の中に伝え、広告業界は想像以上に過酷な業界だと心構えをもって入社することができれば、鬱になることは回避できると思います。 YouTube活動をしている理由のひとつとして、華やかな世界と幻想を持っている人に現状を伝えたいという思いもあります。 なぜ広告業界はブラックな働き方になるのかというと、いくつか要因があります。 YouTubeでも語ったりしていますが、まだまだ話し足りないことが大量にあるので、本稿で思う存分語ろうと思います。 エピソードを書いていく中で、「広告業界は良くない」という視点に寄ってしまっていますが、自分としてはその状況も受け入れています。ただ、変えていかなくてはいけないという気持ちはあります。
■理由のひとつが「0か100かのコンペ形式」
ブラックな働き方になる理由のひとつとして、広告の仕事は「場所の奪い合い」というのが大きいです。競争は広告業界だけではないでしょうが、ほかの業界の話を聞いていても、広告業界のあり方は良くないと感じます。 世の中には複数の広告代理店があり、各社クライアントから仕事を依頼されて広告を制作しています。 その中にはコンペ形式の案件もあります。コンペとは、企業が広告代理店にオリエンテーションをし、広告の企画を募ります。 お題を受けた広告代理店は、企画をして、それにまつわる広告のデザインなどを広告制作会社やデザイン事務所に発注します。 そして広告代理店は出来上がった企画をクライアントにプレゼンします。プレゼンを受けたクライアントは各社からの企画を比較検討し、ベストなもの1案を採用します。 そうして獲得した広告代理店に正式にその案件を発注します。ここまでしてようやくひとつの案件を獲得することができます。
■1カ月間、人権を失うが如く働きつづける
コンペ形式ではなく、指名の決まり仕事もありますが、そういう仕事は規模も小さく、仮にやっていても現状維持で面白いこともしづらい傾向にあります。そういう仕事をしていても社内的な評価も上がらないため、みんな意地でも新規開拓しようと日々勤しんでいます。 我々デザイン事務所は仕事をもらえるだけありがたいのですが、やっかいなことにコンペ案件はスケジュールがとてもタイトです。 オリエンを受けてから提案まで1カ月ほどしか猶予がなく、一度その仕事がはじまってしまったら1カ月間人権を失うが如く働きつづけることになります。 プレゼンを獲得するために広告代理店からの修正地獄がつづきます。高いクオリティを求めるため、手を抜くことは許されません。広告代理店も獲得しないと意味がないため、死ぬ気で取り組んでいます。 そんな人たちから仕事を受けているので、当然デザイン事務所のデザイナーもその気持ちに応えるように毎日深夜まで作業をして親身に対応しなければいけません。
■負ければタダ働き、精神が蝕まれていく
そして、コンペ案件は金額面も非常にシビアです。 クライアントのお眼鏡に適って採用されれば多額の広告制作費が入ってきますが、獲得できなければ、少額のプレゼン費(10~20万円)しか支払われません。会社レベルで見ればタダ働きのようなものです。 コンペは勝たなければ意味がないので、この仕事に関わる人たちは勝つために深夜まで残業し、徹夜をし、6時間にもわたる長時間の打ち合わせも平気で行います。定時など関係ありません。 この仕組みが広告業界のブラック労働の原因であり、この仕組みによってみんな精神を病んでいきます。 あえて、良い点があるとすれば、必死だからこそ実力が磨かれ、成長するというのはあります。
■ブラック環境で生き抜いてきた猛者たち
しかし、これだけ過酷な労働環境でもみんな文句も言わず黙々と働きつづけています。なぜかというとこの仕事に携わっている人は“超仕事好きな人たち”ばかりだからです。 仕事のためなら食事もせず、睡眠も削り、プライベートの時間もすべて仕事に費やします(中には器用にプライベートも充実させている人もいます)。 並々ならぬ気持ちで仕事に取り組んでいる人がとても多いです。そして仕事に人生を費やした末に独身でいる人も多いです。知り合いの事務所や広告制作の会社も独身の人が多く、40代以降の女性の独身率がかなり高いです。みんな猫を飼うなどして心の隙間を埋めています。 40代の先輩たちは今よりもさらにブラックな環境で生き抜いてきた猛者たちです。そんな大先輩に尊敬の念も抱いていますが、一生孤独に生きつづける人生は回避したいです。 僕が仕事で関わっている人たちもバイタリティがあって、広告の仕事を通して何か面白いことをしてやろうという熱い思いを持っていて、何か自己実現をしたいと考えている人たちがとても多いと感じます。 中には仕事の枠を超えて、個人でクリエイティブな活動をしている人たちもいます。 僕も今までの人生でそういった方々が身近にいたので、そんな人たちから影響を受けていたのかもしれません。
■「地獄の数珠つなぎ」で成り立つ業界
そんなバイタリティのある先輩方と仕事をしていると、その人たちの働き方に合わせて自分も無茶をしなければいけない場面が頻繁に発生します。 定時後も時間関係なくビデオ会議があり、金曜に打ち合わせをして月曜に提出という労働基準法など無視した働き方になります。 そんな無茶な依頼でも我々社畜に拒否権はありません。当然上司もその働き方を黙認し、広告業界全体がこの働き方に関しては仕方ないという空気になっています。 もしも、この働き方が嫌で仕事を断ろうものなら、やる気がない奴というレッテルを貼られ、その人に良い仕事が回ってくることはなくなり、日々小さな業務を淡々とこなすだけの機械となりはてます。 そのため、みんな嘘でもやる気のあるふりをして、広告代理店の無茶な要望に応え、従順な犬のように尻尾を振って媚を売ります。そして、広告代理店も同じようにクライアントに媚を売り、仕事を獲得するために必死になります。 このような「地獄の数珠つなぎ」によって、広告業界の仕事は成り立っています。 きっと皆、土日は休みたいですし、平日も定時退社してアフターファイブを楽しみたいはずです。しかし、そんな価値観を職場で吐露するなんてご法度です。 皆、心の底では、休みたいと思っていますが、言ってしまうと仕事を失うので、易々とは言えない状況にあります。そのため見かけは仕事好きな人でも、無理して働いている人もいます。
■ブラック企業のせいで社畜にならざるを得ない
コメントでもよくこんな声をいただきます。 「ブラック企業が生まれるのは、この環境で働きつづける社畜がいるせいだ」と。 ごもっともですが、実際に現場で働いている身からすると、社畜のせいでブラック企業が生まれるのではなく、ブラック企業(ブラックな環境)があるせいで、社畜にならざるを得ないというのが正しいかもしれません。 この仕事が好きでやっているのですが、広告業界に順応して良い仕事を獲得しようとすると、社畜となって会社に心臓を捧げる勢いで働く必要があります。 そうしないと無能扱いされて、つまらない仕事だけをやることになってしまいます。 このバランスは難しいです。
———- 玄田 小鉄(げんだ・こてつ) デザイナー兼YouTuber 大学卒業後、憧れであった広告業界に就職。デザイナーとして勤務する傍ら、過酷な労働環境をYouTube「ブラック企業で生き抜く社畜を見守るチャンネル」で配信(登録者数5万人)。激務の中でも豊かに生きる方法を模索し、日夜働き続けている。著書に『ブラック企業で生き抜く社畜を見守る本』(ワニブックス)がある。
https://news.yahoo.co.jp/articles/7b39a10437e2f8dd24ed0731d692cd27a2e3e395